技術コラムIoT・AIIoT・AIで変わる
「送る&運ぶ」

さまざまな産業において始まりつつある、IoT化、AI(人工知能)活用。
移送・搬送の現場への影響や技術トレンドについて、電子・機械系雑誌のジャーナリストであるエンライト代表:伊藤元昭氏がわかりやすく解説します。

第20回
メンテナンス業務を再定義する、IoT遠隔監視システム

工場や産業プラントにおいて、設備のメンテナンスを効果的かつ効率的に行うために、IoTに基づく遠隔監視システムの導入が活発化しています(図1)。また、データ活用による業務の効率化・高付加価値化を目指す「デジタルトランスフォーメーション(DX)」の具体策のひとつとしても、遠隔監視システムの活用は重要な意義を持っています。

図1 遠隔監視システムを導入して現場の課題を解決する動きが活発化/ 出所:AdobeStock

今回は、製造業や産業プラントの維持管理を取り巻く業務環境の変化と、そこで顕在化してくる課題を振り返ります。そのうえで、課題解決策のひとつとしての遠隔監視システムの活用メリットを紹介。同時に、現場データをデジタル化して収集することで、維持管理業務にもたらされる革新について解説します。

日本の工場や産業プラントは解決困難な課題が山積

現場では新しい仕組みが求められるようになりましたが、最初に着手すべきなのは遠隔監視システムの導入であると言えます。現在の工場、産業プラントなどは、社会や経済の環境変化を要因とする解決困難な多様な課題を抱えています。

これまで、いわゆる「QCD(品質・コスト・供給)」に関する課題が、現場での改善テーマの中心でした。しかし現在は、人材不足への対処、非常事態にも耐える強靭(レジリエンス)な操業体制の確立など、社会の変化を背景にした要求にも応える必要が出てきました。この点は、海外諸国よりも少子高齢化の進行が早く、自然災害の発生頻度が高い日本において、特に顕著に見られる傾向だと言えます。

QCDのさらなる改善や、新たな課題に対応するため、現場では、新しい業務遂行の仕組みが求められるようになりました。そして、多様な課題を解決する際に、最初に着手すべきなのが遠隔監視システムの導入であると言えます。なぜなら、遠隔監視システムは、企業競争力を大きく左右するDXの起点になり得るからです。

遠隔監視システムの適用効果は多様で絶大

IoTを活用した遠隔監視システムは、これまで「三現主義(現場・現物・現実)」にあった時間や場所の制約を取り除き、拡張するツールであると言えます(図2)。

遠隔監視システムでは、IoT端末が現場で監視対象となる装置の稼働状況のデータを収集します。所定の場所にセンサーを接続して稼働データを収集、もしくはコントローラーの制御情報を収集して、クラウド上のサーバーに転送します。収集したデータは、遠方からリアルタイムで閲覧したり、ビッグデータとして蓄積して稼働状況に基づく装置の状態を解析したり、あらかじめ設定した許容条件を越えたら管理者に電話やメールでアラートを出したりして利用します。

図2 いつでも、どこでも「三現主義」に基づく管理・保全が可能に / 出所:AdobeStock

生産性や稼働率を高いレベルに保つため、さらには故障や不具合によるラインのダウンタイムを最小限に抑えるためには、現場の装置をよい状態で稼働できるよう維持する必要があります。一般に、装置の状態を維持するための管理業務には、豊富な経験と高度な知見・スキルが求められます。しかし近未来の日本では、それを実施できる人材、言い換えれば熟練者が、少子高齢化によって劇的に不足する可能性が高いのです。

遠隔監視システムを活用すれば、監視やデータ記録の手間が軽減し、いつでも、どこからでも監視対象の稼働状況を確認できるようになります。たとえ担当者が外出先にいても、異常が発生したら直ちに気づくことができます。また、複数の装置の巡回点検が不要になるため管理業務は格段に効率化。人が近づくには危険な場所に置かれた装置であってもキメ細かな管理が可能ですし、災害の発生などで緊急点検が必要になった際にも迅速・確実に対応できます。効率化で業務負荷が下がる分、少数の担当者が複数の拠点を受け持って管理することも可能です。これらの効果から、管理コストを劇的に削減させながら、リスクも軽減して安定した装置稼働を実現します。

加えて、現場の装置にネット経由で運転条件を変更できる仕組みを導入しておけば、現場に出向くことなく遠隔地から即時対処できる体制が整います。異常な状態の装置を長時間にわたって放置することがなくなるため、損害を最小限に抑制できます。

デジタルデータを常時収集できることを生かして維持管理業務を革新

将来的にDXを実践する計画がある場合、まず遠隔監視システムの導入から始めることには大きなメリットがあります。さらに注目すべきは、IoTを利用した遠隔監視システムの活用が、DX推進の初期段階として極めて効果的である点です。特に、人手不足への対処や業務効率の向上を目指してDXを実践する企業において、その導入効果が大きいと言えます。

遠隔監視システムは、IoT端末で収集したデータを基にして適切な管理・保全を行うための仕組みです。長期間にわたって継続して運用する過程で、さまざまな稼働状況での装置の状態を反映したデータが大量に蓄積されていきます。現場にも、データを活用してよりよい業務遂行を考える習慣や文化が根付くとともに、データを解析する知見やノウハウも貯まっていきます。このようなデータを基にした業務遂行の定着が、より高度なデジタルツールや情報システムを導入し、活用するための素地を生み出していくことになります(図3)。

図3 遠隔監視システムの活用を通じて、現場にデータ活用の文化やノウハウが定着 / 出所:AdobeStock

DXの取り組みとは、人工知能(AI)など最先端のIT技術を導入して行う業務の自動化であると考えている人が一定数います。しかし本来のDXの目的は、データを有効活用することによって仕事の進め方を改革し、主観的で属人的な能力やスキルだけに頼らない、高レベルの業務を継続できる現場を作ることにあります。デジタルツールは、そうした目的を達成するための支援手段にすぎません。

また、将来的にAIを活用したより高度なDXを実践する計画がある場合にも、まず遠隔監視システムの導入から始めることには大きなメリットがあります。蓄積した大量のデータをAIの学習データとして利用し、より高精度な判断を下せるAIを育てることができるからです。

さらに、こうしたAIの解析結果を利用する現場の担当者も、データに基づく業務に慣れるため、AIが多少疑問を感じる判断を下しても、闇雲に振り回されるようなことがなくなるでしょう。AIの判断は絶対ではありませんから、遠隔監視システムを利用する中で培った、データを読み下すリテラシーは確実に現場の力になることでしょう。

ミクロからマクロまで、管理の視点を自在に変更

IoTを活用した装置の管理・保全では、収集するデータの場所や種類を工夫することで、スケールの異なる視点からの監視が可能になります。

装置内の機構の一部分だけをミクロな視点で監視して、異常発生時に精度の高い対処法を探るために役立てることも可能です。反対に、複数の装置が連携して動くライン全体の状態をマクロな俯瞰視点で監視し、見えにくい生産性や品質の低下を察知するといったこともできるようになります。遠隔監視だけに限定される話ではありませんが、こうしたスケールを自在に変えた監視を行えば、より効果的な維持管理・保全が可能になることでしょう。

まとめ

IoTを利用した遠隔監視システムは、工場や産業プラントの設備を高いレベルに維持するための手段として、絶大な効果を発揮します。有効活用すれば、将来、DXの推進による現場業務の改革に踏み切る際にも、導入・運用した実績が有利に働くことでしょう。

2024年11月公開

PROFILE
伊藤 元昭氏
株式会社 エンライト 代表
技術者として3年間の半導体開発、日経マイクロデバイスや日経エレクトロニクス、日経BP半導体リサーチなどの記者・デスク・編集長として12年間のジャーナリスト活動、コンサルタントとして6年間のメーカー事業支援活動などを経て、2014年に独立して株式会社 エンライトを設立。

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