技術コラムIoT・AIIoT・AIで変わる
「送る&運ぶ」

さまざまな産業において始まりつつある、IoT化、AI(人工知能)活用。
移送・搬送の現場への影響や技術トレンドについて、電子・機械系雑誌のジャーナリストであるエンライト代表:伊藤元昭氏がわかりやすく解説します。

第17回
電極・電解質・イオン種、全方位で進化し続ける二次電池

人工知能(AI)やデータサイエンスを利用した新しい材料の開発手法「マテリアルズ・インフォマティクス(MI)」の適用によって、電池用の新材料開発が急加速しています。これまでゆっくりとしたペースでしか進化してこなかった二次電池の性能が、かつてないほど劇的に改善する可能性が出てきました。実際、多くの企業や研究機関が、電池を構成する電極(負極・正極)、電解質、さらにはイオン種に至るまで、二次電池全体の材料や構造を再発明するかのような開発に取り組み、目覚ましい成果を上げ始めています。

図1 二次電池の急速な進化によって、EVやIoTデバイス、再生可能エネルギーなど多用な領域で
イノベーションが生まれる可能性が出てきた / 出所:AdobeStock

電池で起きている技術革新によって、スマートフォンのような電子機器から、電気自動車(EV)、スマートファクトリーなどで利用するIoTデバイス、カーボンニュートラル達成に不可欠な再生可能エネルギー関連施設など、あらゆる応用先でのイノベーションが期待されています(図1)。今回は、急激に進化し始めた電池技術の開発の方向性について解説します。


固体電解質の採用で、電極材料の選択の幅が拡大

前回解説したように、リチウムイオン二次電池の容量は、正極と負極に用いる材料の選択と組み合わせで決まります。そして、充放電の速さは、電解質の種類と正極と負極の物性で決まります。つまり、二次電池の性能は、電極材料の選択に大きく左右されるということです。

IoT/電解質が固体になれば、安全性の向上、大容量化、充放電の高速化などを目指すことができます。従来のように電解質に液体を用いる場合、相性の問題により、電極材料の組み合わせをそれほど自由に選べないという制約がありました。一方、電解質が固体になると、相性の問題が軽減する傾向があり、電極材料も比較的自由に選択できるとみられています。電解質が固体になれば、安全性の向上にも繋がるほか、大容量化と充放電の高速化(高出力化)を目指すことができます。電池性能の向上のため、電解質の固体化を見込んだ新しい電極材料の開発が進められるようになりました。

固体電解質を使用する「全固体電池」では、正極と負極の間を確実に分離できるため、液体電解質を使った電池よりも、電解質の厚さを薄くして充放電速度をより速めることができます。これに加えて、電極材料の刷新と活物質(電荷のやり取りを媒介するために利用されている物質)の高密度充填をすれば、さらに性能向上を狙うことが可能です。

例えば、国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の事業として進められているEV用全固体電池の開発プロジェクト「SOLiD-EV」では、第1世代の全固体リチウムイオン二次電池の開発において、液体電解質を利用するリチウムイオン二次電池の約3倍のエネルギー密度に当たる450Wh/L、充放電の速度を6C(10分で完全充電と完全放電を終える性能)に高める技術を確立しました(図2)。さらに第2世代では、正極の厚膜化と、負極の薄膜化、加えて高電位・高容量活物質を適用。これによって、エネルギー密度を800Wh/Lにまで高める目標を掲げています。

図2 NEDOが進めるEV用全固体電池の開発プロジェクトでの目標と開発指針
/ 出所:国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)

実用化間近の革新的技術、全固体電池と半固体電池

全固体電池の中核技術である固体電解質には、大きく「硫化物系」と「酸化物系(セラミック系)」、「高分子系(樹脂系)」の3種類があります。

1つめの「硫化物系」の固体電解質は、主にEV用バッテリーでの応用が検討されています。これは硫化物系の物質の代表例であるゴムのように、柔軟性を持っていることにより、大容量化や高出力化に向いているからです。ただし、現状のリチウムイオン二次電池ほどではありませんが、硫黄を主原料にしているため、用途によっては安全性に課題が残っています。硫化物系は開発途上の段階にあり、まだ目立った用途で実用化された例はありません。2030年までには何らかの実用化例が出てくるものとみられています。

2つめの「酸化物系(セラミック系)」の固体電解質は、物質自体の化学的状態が極めて安定しているため、安全性が高く長寿命である点が強みとなります。安全第一で選択するのなら、酸化物系の採用が理想的です。ただし、容量と出力の点で、現状のリチウムイオン二次電池に劣るのが欠点です。このため、比較的小容量・低出力のアプリケーションであるウェアラブル機器やIoTデバイスなどを中心に応用が検討されています。前述した硫化物系に比べて高出力化が難しい理由は、原料となるセラミックの粒子が硬く、電極との密着性を高めにくいからとされています。それでも、酸化物系は最も実用化の取り組みが進んでいる全固体電池であり、既に製品化された例もあります。

3つめが「高分子系(樹脂系)」の固体電解質です。柔軟性があるので成形が容易で、生産時にロール・ツー・ロールの連続製造プロセスを利用できるため大量生産に適していることがメリットとして挙げられます。また、電極との密着度が高いことから、大容量・高出力化に向いていると考えられます。コストの低減余地と形状の自由度の高さから、より多くの応用先を切り拓くポテンシャルを秘めた技術だと言えるかもしれません。高分子系の固体電解質を用いた全固体電池は、カーシェアリングや路線バスなどの商用EVで採用された例があります。ただし、現時点ではリチウムイオンの伝導率が低いため潜在能力を十分発揮できていません。この点は今後の技術開発によって、改善されていく可能性があります。また、耐熱性などに関しては酸化物系には劣ります。

リチウムイオン二次電池の安全性を高める電池としては、「半固体電池」と呼ばれる二次電池もあります。電解質として、液体でも固体でもなく、中間の状態であるゲル状(ゼリーのような状態)の材料を利用する技術です。半固体電池は、液体電解質を用いるリチウムイオン二次電池の優れた部分である大容量・高出力を維持しながら、全固体電池ほどではないものの、安全性を高めることができる点が特徴です。さらに従来の液体電解質用の生産設備を転用して低コストでの生産ができる利点もあります。

希少なリチウムに替えて、ナトリウムなどを活用

充放電の際に電荷を運ぶ媒体となるイオン種を、リチウムイオンから別のものに変える取り組みも始まっています。 全固体電池の開発が進むのと並行して、電池の利用シーンの拡大や、さらなる性能向上を目指して、リチウムイオン電池とは異なるタイプの電池開発も進められています。ここでは、数ある開発の取り組みの中から、将来大きな潮流になる可能性があるものをいくつか紹介します。

1番目に紹介する技術は、充放電の際に電池内の電極間で電荷を運ぶ媒体となるイオン種を、リチウムイオンから別のものに変える取り組みです。そもそも、これまで電荷を運ぶ媒体としてリチウムイオンが使われてきた理由は、金属イオンの中では最も軽く、同時に最も電子を放出しやすかったためです。ただし、難点がありました。リチウムが、極めて希少な金属であることです。今後、さらに二次電池の需要が高まってくると、原料である炭酸リチウムの価格が高騰したり、安定調達が困難になると考えられます。このため、リチウムに代わる媒体を探す必要があるのです。

現在、実用化に近づいている代替候補は、ナトリウム、亜鉛、鉄です。その他にも、研究開発レベルでは、炭素、カルシウム、マグネシウム、アルミニウム、フッ素などを利用する検討も進められています。それぞれを利用した電池の技術開発は急速に進んでおり、中にはリチウムイオン二次電池の性能を上回る電池ができる可能性も見えてきました。

図3 ナトリウムイオン電池とその特徴 / 出所:CATL (Contemporary Amperex Technology Co., Ltd.)

ナトリウムイオン二次電池は、中国の大手電池メーカーであるCATL(Contemporary Amperex Technology Co., Ltd.)が2023年から量産を開始する予定です(図3)。容量に影響を及ぼすエネルギー密度はリチウムイオン二次電池よりもわずかに劣るのですが、圧倒的な低コスト化を実現可能で、高出力化もできる見込みだと言います。日本でもトヨタ自動車株式会社が、全固体ナトリウムイオン二次電池を開発しています。

また、マグネシウムイオン二次電池は、イオンが2価であり、イオン1個当たりで運べる電荷の量がリチウムイオンの2倍であることから、エネルギー密度の向上による大容量化が期待されています。

究極の電池、金属空気電池

2番目に紹介する技術は、金属空気電池です(図4)。理論上、従来のリチウムイオン二次電池の20倍以上のエネルギー密度が実現可能であり、最もエネルギー密度を高められる可能性があると言われています。仮に理論限界に迫る電池を実現できれば、充電なしで数千km走るEVや、数週間充電不要なスマートフォンなどが登場する可能性があります。

図4 リチウムイオン二次電池と空気電池の材料と構造 / 出所:日本科学未来館

充放電時に電気エネルギーをやりとりする物質を活物質と呼びますが、従来のリチウムイオン二次電池では、一般に、活物質としてリチウムイオンを含んだ金属酸化物を利用します。金属空気電池では、活物質として正極に酸素を、負極に金属を用います。活物質に空気中に含まれる酸素を利用することで、改めて充填する必要がなく、その分、負極活物質となる金属を電池内に補充できます。そのため同容量の従来リチウムイオン二次電池よりも、小型・軽量化で電力を蓄積できるようになります。また、負極の活物質として利用する金属には、リチウム以外にも、亜鉛やアルミニウムなど埋蔵量の多い物質の利用も可能です。このため、低コスト化や環境負荷軽減といったメリットも見込めます。

ただし、電池内での化学反応の速度、エネルギー損失、耐久性、コストなどに課題があり、実用化には至っていません。高性能な金属空気電池の実現に向けた新材料開発がさまざまな企業・研究機関・大学で進められています。実用化後のインパクトの大きさから、先述したMIを応用した新材料開発が活発に適用されている分野のひとつとなっています。

電池開発は、数ある技術開発のテーマの中でも、技術革新がビジネス価値の向上に直結しやすい分野だと言えます。今回紹介した技術以外にも、全樹脂電池や酸素イオン電池、凝縮系電池など、さまざまな二次電池技術が開発・登場してきています。新しいコンセプトの技術による高性能な電池の登場は、私たちの暮らしやビジネス、社会活動に極めて大きな影響を及ぼすことでしょう。技術開発の動向から目が離せません。

まとめ

AIやデータサイエンスの適用によって、電池用の新材料開発が急加速しています。固体電解質を使用する全固体電池のほか、リチウムイオン二次電池とは異なるタイプの電池開発も進められています。これらは私たちの暮らしやビジネス、社会活動に極めて大きな影響を及ぼすことでしょう。

2023年7月公開

PROFILE
伊藤 元昭氏
株式会社 エンライト 代表
技術者として3年間の半導体開発、日経マイクロデバイスや日経エレクトロニクス、日経BP半導体リサーチなどの記者・デスク・編集長として12年間のジャーナリスト活動、コンサルタントとして6年間のメーカー事業支援活動などを経て、2014年に独立して株式会社 エンライトを設立。

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