さまざまな産業において始まりつつある、IoT化、AI(人工知能)活用。
移送・搬送の現場への影響や技術トレンドについて、電子・機械系雑誌のジャーナリストであるエンライト代表:伊藤元昭氏がわかりやすく解説します。
前回、現代の人工知能(AI)技術を活用すれば、長年の経験の中で培った勘や知恵に基づく専門的な判断を、自動化できるようになるとお話しました。 実際、工場での生産活動やプラント・倉庫などでの移送・搬送を高効率化するため、AIの活用を検討する企業が急増しています(図1)。
AIに任せる作業は多岐にわたり、高度な判断から人手を割くのはもったいない低付加価値な作業まで、幅広い活用が進んでいます。
しかし、上手に活用することができず、思ったような効果が得られなかった、AIシステムを導入・運用する際の慣れない仕事に現場が疲れてしまったという企業も多々あります。ここからは、AIを円滑に導入し、思い通りの効果を得るためには、どのような点に留意するべきなのか解説したいと思います。
AIを導入・活用するということは、現場で働く人の作業の手順や方法、場合によっては生産工程自体を根本的に変えるということを意味しています。AIは、人に代わってそのまま担当できるような都合のよい機械ではありません。AIの導入・運用に際して、活用する企業側でどのような作業をすることになるのか、目視検査をAIで自動化させる場合を例に取って考えてみましょう(図2)。
工業製品の生産では、人間の目で製品の出来を確認することがよくあります。これをAIで行えば、人海戦術で目視検査をこなさなくても、休みなし疲れ知らずで24時間、高精度な検査ができるようになります。
しかし、人手が全く不要になるかといえば、そうではありません。AIは、現場で日々生まれるデータを大量に学習して、高精度な判断を下せるように成長します。ところが、そのデータを、一般的なAIは自分で用意することができません。人間が「教師役の人」と「AIが学習するデータ」を用意しておく必要があるのです。
では、どんな人が教師役をすればいいのでしょうか。AIシステムを導入するITベンダーのエンジニアがAIを教育してくれるのでしょうか。実は、長年にわたって目視検査を行ってきたベテラン作業者が教師に適任なのです。
例えば、製品の画像を使って良品と不良品の選別をAIに教える場合、微妙な違いを見分ける眼を持つ教師が正解を教える必要があります。画像という学習データに対し、熟練した人が持つ着眼点や合否判定の微妙な線引きをAIに経験させるのです。ITベンダーのエンジニアには、当然、そのような選別眼はありません。
だからといって、現場の作業者がいきなりAIの教師になることもできません。AIの教育には、AIの専門的な知識も必要だからです。例えば、あるAIは大量の写真を学習して「犬」と「狼」を高精度で見分けられるようになりましたが、実は、犬の周りに雪があるかどうかを参考に見分けていただけだった、という笑えない話があるそうです。こんなことが起きないように、AIの特徴をよく知るエンジニアの助言が必要になります。
つまり、AIを導入する際は、AIシステムを提供するITベンダーのエンジニアと二人三脚の共同作業による学習が不可欠だということです。
それでも、現場のベテランとAIに詳しいエンジニアだけでは対応できないことがあります。 例えば、振動や音から装置の異常を検知するための学習は、難易度がグンと上がります。装置の異常を聞き分けられるベテランが、音の波形データを読み解いてAIに教えることができるわけではないからです。AIが学習するためには、異常音と音の波形を紐付けしたデータを用意しなければならず、そのためには勘や経験とは別の工学的知識が必要になってきます。最近では、こうした勘や経験をデータとして扱う、「データサイエンティスト」と呼ばれる専門家も登場しました。すでに米国などでは典型的な高給職となっており、それだけ重要視されていると言えます。
また、AIの学習に用いるデータが揃わない、という場合もあります。画像で良品と不良品を判定するためには、不良品の画像データも充分に学習しておく必要があるのですが、常に高品質な生産を行っている現場には、学習すべき不良品がないことが多いのです。ITベンダーのエンジニアが、「学習用に、いろいろなパターンの不良品の写真を1000枚用意してください」と言ったら、現場責任者が「私たちの会社は、そんなたくさんの不良品は作りません」と言って憤慨したという話さえあります。ましてや、装置の不調を示す振動や音のデータを数多く保管している企業など、ほとんどないのではないでしょうか。こうした学習データの収集は、AIを導入・活用するうえで、最も手間の掛かる仕事になっています。
このようにAIを導入する際には、導入する側に多くの準備と、仕事の進め方の改革が求められます。そこで一般に、AIシステムを製造現場などに導入する際には、導入前に「概念実証(Proof of Concept:PoC)」と呼ばれる現場での導入実験が行われます。実験により、現場がAIに慣れること、そして、データの収集や学習の体制の不備をPoCを通じて洗い出し、改善しておくことが狙いです。また、AI導入の効果も定量的に評価できるため、情報化投資に必要な金額も予測できます。
ところが、意気込んでPoCに取り組んではみたものの、PoCから先に進まないことが数多くあります。それどころか、PoCのための膨大な作業に慣れず「PoC疲れ」と呼ばれる状態に陥ってしまう例もあります。現場が新技術の活用自体にネガティブな印象を抱くようになってしまうと、AIの本格活用に禍根を残してしまう可能性があります。
多くの生産現場にとって、AIを導入するとなれば一大事業になることでしょう。大きな期待を掛けて、適用範囲も期待する導入効果も大風呂敷を広げた取り組みになりがちです。しかし、実際に作業する現場の負担を考えると、まずは特定の装置を対象にして到達目標も低く設定し、成果が上がったら徐々に適用範囲を広げていく、段階的なシナリオを描いたほうがよいと思います。小さいながらもAI導入の効果を実感できれば、現場の取り組み意欲が高まり、大きな成果につながっていくことでしょう。
次回は、現状のAIが抱えている課題を解説し、AIには任せられない仕事とは何かについてお話したいと思います。AIと人は、どのように役割分担すれば、より効率的で効果的な生産や移送・運搬ができるかを考えます。
AIが高度な判断を下せるようになるには、膨大なデータの学習が必要で、その学習データの準備に最も手間が掛かります。一大事業であるAI導入ですが、さまざまな負担を考えると、まずは到達目標を低く設定し、徐々に適用範囲を広げていく段階的シナリオを描くことがよさそうです。
2019年12月公開