技術コラムIoT・AIIoT・AIで変わる
「送る&運ぶ」

さまざまな産業において始まりつつある、IoT化、AI(人工知能)活用。
移送・搬送の現場への影響や技術トレンドについて、電子・機械系雑誌のジャーナリストであるエンライト代表:伊藤元昭氏がわかりやすく解説します。

第18回
スマホや自動運転車の技術転用で、産業機器や働くクルマの自律化を実現

1969年に人類を初めて月に送り込んだ米国の「アポロ計画」。アポロ計画は、技術的には時代を数十年先取りする無茶なプロジェクトでした。1960年代の当時に実現していた技術だけでは、人間を月に送って帰還させることは不可能だったのです。そこで米国政府は、天文学的資金を投入し、半導体や電子部品、ロケットを作る材料や飛行計画を作る情報処理技術まで、国内の研究開発の力を総動員して、目的を達成するための技術を新規開発しました。

やがて、アポロ計画を通じて生まれた先進的技術は、その後のエレクトロニクス産業や情報処理産業、化学産業、素材産業など、多くの産業の進歩を加速させ、米国が科学技術を基にした産業で世界をリードしていく礎となりました。技術開発の歴史を振り返ると、このように、巨額の開発資金が投入される分野やプロジェクトの成果が、他の応用分野での機器やシステムの進化を加速させるような現象がよく見られます。

現在、投資が飛び抜けて巨額な工業製品が2つあります(図1)。1つは毎年のように新しい技術を投入した新機種が登場するスマートフォン。もう1つは、電気自動車(EV)や自動運転車です。スマートフォンや自動車は、世界で年間数千万台~数億台が生産されている巨大ビジネスです。累計数千億円~数兆円規模の、他の産業を圧倒する開発資金が投入され、機器を構成する小さな部品のレベルから、革新的技術が開発されています。

図1 巨額の開発資金を投じられる代表的な工業製品、スマートフォンと自動車 / 出所:AdobeStock

こうした潮流のなかで、時代を先取りする優れた技術が続々と登場しています。それらの中には、ほかの分野にも活用できるものが数多くあります。特に、スマートフォンと自動車は、移動しながら、もしくは移動するために利用する機器という点で共通しており、これらの発展に向けて用意された新技術は、移送・搬送用の機器や設備の新規開発との親和性が高いようです。

今回は、製造・建設・農業・物流などの現場での、スマートフォン用や自動車用に開発された革新技術の転用によるイノベーション創出について解説します。


業務用/産業用機器の開発で抱える、構造的開発投資不足というジレンマ

産業用の機器は、十分な開発投資ができないことから、進歩のペースが遅くなりがちになるジレンマを抱えています。一般に、新たな機器/設備の開発に投入される資金は、市場規模にほぼ比例します。開発投資を回収できないのではビジネスにならないので当然かもしれません。

工場などで利用される産業用の機器/設備は、市場の規模自体は大きいのですが、種類が多く、用途がニッチで仕様の違いも大きいため、1機種あたりにかけられる開発費が少なくなってしまいます。

このため、産業用の機器/設備は、求められる技術は高度でありながら、十分な開発投資ができないことから、進歩のペースが遅くなりがちになるジレンマを抱えています。要素技術や部品のレベルから新製品を開発することは困難で、汎用部品を工夫して使うか、もしくは新規開発したとしても、ごく限られた領域にフォーカスせざるを得ない状況です。

ところが、スマートフォン用や自動車用の、飛び抜けて高い技術を応用すれば、これまでにはない機能・性能を備える競争力の高い機器/設備を開発できる可能性があります。しかも生産数が多いため、より安価に利用できます。

センサー・AIなどスマート化技術と電動化技術が急速に進化

では、具体的に、スマートフォン用や自動車用の領域で、どのような技術が開発され、産業用機器/設備の開発に利用可能になっているのでしょうか(図2)。代表的なものをいくつか紹介します。

図2 スマートフォンと自動車向けに開発された技術・部品の例 / 出所:AdobeStock

まずはセンサーです。スマートフォンの進化に伴って、高精細で高画質な映像を撮影可能な小型のカメラが入手可能になりました。その他にも、モノの動きや振動などを検知する加速度センサーやジャイロセンサーなども高性能化と小型化が進んでいます。一方、自動車のスマート化に対応して、超音波センサーやミリ波レーダー、LiDAR(赤外線レーダー)など、自動車(機器)の周辺環境の様子を検知するためのセンサーにおいても、高性能化、小型化、低コスト化が加速しています。特に自動車用は信頼性も高く、産業用機器/設備にも転用しやすい仕様になっています。

次に、情報処理技術。センサーで検知したデータを解析・洞察して、機器/設備の周辺状況や、検知対象となるワークの状態を把握するための情報処理技術が、急激に進化しています。スマートフォンでのVR(仮想現実)/AR(拡張現実)系アプリケーションや、自動車での自律運転技術の進歩によるもので、こうした技術を活用すれば、移送・搬送用の装置を、人と共存する環境で安全に自律運転させたり、ワークの状態に応じて臨機応変に作業させたりすることが可能になります。多様な複数のセンサーで収集したデータを併用して、利用シーンの拡大や、より複雑な状況を把握できる技術も確立されました。こうした複合的な状況検知技術は、「センサーフュージョン」と呼ばれています。

さらに、ネットワーク技術です。自動車の電子制御化・スマート化が進展し、機器/設備の間や、内部のシステムを構成する機能の間をつなぐ、ネットワーク技術が進歩しています。産業用に信頼性とリアルタイム性を高めた、Ethernet®の技術規格が定められ、対応する半導体チップなどが数多く出回るようになってきました。ギガbpsの大容量通信や低遅延の通信、制御データを送る高信頼通信などの性質の異なる通信を、同じケーブルを介し、IP(Internet Protocol)を利用して一括通信できるシステムが実現。これによって、機器/設備内部のネットワークの高性能化・シンプル化が可能になりました。加えて、スマートフォンやパソコン向けに開発された無線LANの規格も進化しており、より大容量のデータ通信を、低遅延、高信頼性で実現できる方向へと向かっています。

そのほかにも、自動車の電装品の電源システムの電圧を12Vから48Vに引き上げてより高出力の機器を高い電力効率で駆動する技術、渋滞を起こさないよう複数台の自動車の走行を最適化し経路誘導をする中央管制技術など、多くの技術が産業用の機器/設備の高度化に向けて利用可能になってきています。

スマホと自動運転向け技術の活用で進化した産業機器が続々登場

それでは、どのような分野でいかなるイノベーションが生まれているのか、具体例を2つ紹介します。

まずは紹介するのは、生産スケジュールを参照しながら、製品に応じて生産ラインのレイアウトを自律変更できるフレキシブルラインの例です(図3)。市場でのニーズの変化に合わせて変種変量生産を実践する企業が増えていますが、これを実現するためには、どうしても作業の手順や条件の変更に柔軟対応できる人手に頼らざるを得ない部分があります。ところが、少子高齢化による人手不足の影響で、これから対応が難しくなることは確実です。こうした課題の解決を目指すのが、自律化したフレキシブルラインです。

図3 生産する製品の変更に応じてレイアウトを自律変更するフレキシブルラインのイメージ
/ 出所:AdobeStock

スマートフォンや自動運転車用の技術を活用し、自律化したフレキシブルな生産ラインが開発されています。自律運転可能なバッテリー駆動の搬送機の上に、汎用ロボットや製造装置を積載。生産スケジュールを基にAIによって効率的な移動経路を導き出し、搬送機を自走させて汎用ロボットのレイアウトを並べ替えて、多様な製品をタイムリーに作り分ける。こうした自律化したフレキシブルラインを開発している企業が出てきています。スマートフォン用や自律運転車用のセンサーや情報処理技術などを、効果的に活用するからこそ実現可能な、未来の生産ラインの姿です。

次に、建設現場や農場において、作業を自動化する例です。建設現場ではクレーンやショベルカーなどの建設機械が、農場では田植え機やトラクターなどの農業機械が使用されますが、一般に、こうした建機や農機には、作業効率と作業品質の間にトレードオフの関係があります。より多くのモノを運んだり扱ったりするためには、大型の建機や農機を使用する必要がありますが、大型の機械では、きめ細かな作業が困難になるということです。質の高い建築物や作物は、現場の状態に合わせて臨機応変に対応しないとできあがりません。このため、建設現場や農場は、人手作業に頼りがちで、労働負荷が高く、人手不足にも対応しにくい現場の代表例になっています。

こうしたトレードオフを解消し作業の自動化を目指すために、あえて機械を小型化したうえで、自律運転・自律作業が可能なロボットを開発する取り組みが活発化してきています。

図4 自律的に作業する小型農業ロボットで、多様な作業をきめ細かく効率的に実行
/ 出所:農林水産省「統合イノベーション戦略(農業分野)の策定に向けて」

これまで建機や農機を大型化してきた理由は、1人のオペレーターで、一度になるべくたくさんの仕事をこなせるようにするためでした。自律運転・自律作業が実現すれば、オペレーターを必要とする作業がなくなり、単純に機械の台数を増やすだけで、作業を効率化できるようになります。機械を小型化して現場での取り回しを良くしたり、複数台の機械の作業条件を個別設定したりすることで、キメの細かい作業も可能になります。さらに、複数の現場で使用していた機械を、1カ所で集中利用するといった、柔軟な運用もできるでしょう。

まとめ

あらゆる産業においてデジタルトランスフォーメーション(DX)の実践が進むなか、スマートファクトリーへの導入を想定した新製品開発する取り組みを行う機器/設備メーカーは多いことでしょう。スマートフォン用や自動車用の技術を積極的に活用すれば、より競争力の高い機器/設備を迅速・容易に開発できるかもしれません。

※Ethernetは、富士フイルムビジネスイノベーション株式会社の登録商標です。

2023年11月公開

PROFILE
伊藤 元昭氏
株式会社 エンライト 代表
技術者として3年間の半導体開発、日経マイクロデバイスや日経エレクトロニクス、日経BP半導体リサーチなどの記者・デスク・編集長として12年間のジャーナリスト活動、コンサルタントとして6年間のメーカー事業支援活動などを経て、2014年に独立して株式会社 エンライトを設立。

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