技術コラムIoT・AIIoT・AIで変わる
「送る&運ぶ」

さまざまな産業において始まりつつある、IoT化、AI(人工知能)活用。
移送・搬送の現場への影響や技術トレンドについて、電子・機械系雑誌のジャーナリストであるエンライト代表:伊藤元昭氏がわかりやすく解説します。

第3回 AI活用の本質は、匠の技やベテランの知恵の機械化

人工知能(AI)が、人間の職業を奪う。そんな懸念が語られる時代になりました。囲碁や将棋のプロ棋士のような究極の知性を持つ人たちがAIとの対戦で太刀打ちできなくなった状況を見て、「すわ、自分の仕事もAIに奪われてしまうのでは」と考える人がいても当然です。

AIによって人間の仕事が大きく変わることは確かでも、奪われる心配は尚早でしょう。というのも、高度に進化した現在のAIですが、依然として、できることとできないことがハッキリ分かれているのです。今の問題はむしろ、人間にしかできないと思っていた仕事の中に、AIに任せた方が効果的で効率的なものが意外と多いことです。AIが得意な仕事とは何かを見極め、AIと人の最適な配置ができないと、近未来の社会では競争力を失ってしまうかもしれません。

実は、現在のAIの得意分野を簡単に言うと、「長年の経験の中で培った勘と知恵に基づく専門的な判断」なのです。これは従来、コンピュータに置き換えることのできない、最も人間的な作業だと信じられていました。だから、みんな慌てているのです。いち早く適切な活用法を見出した企業は、すでに産業界の多くのシーンで驚異的な成果を上げています。


現在のAIは、これまでのコンピュータとここが違う

AIとは進化したコンピュータである、と漠然と考えている人は多いと思います。これは、ある意味正しいのですが、間違いでもあります。

従来のコンピューティングシステムは、人間が作成したプログラムに従って作業しますが、このプログラムは言わば作業マニュアルであり、作成しているのが人間である以上、人間の知恵の範囲内でしか動きません。言われた通りに着実に仕事をこなすだけの存在です。ただし、人間よりも高速かつ正確、しかも疲れ知らずで作業できるため、活用するメリットがあるのです。

では、AIはどうでしょうか。現在、第3次AIブームであると言われています(図1)が、実は、第2次AIブームまでのAIは、従来のコンピューティングシステムと同様に作業マニュアルありきの自動判断システムにすぎませんでした。

図1 第3次AIブームで質が根本的に変わり、一気に実用段階に入った / 出典:筆者が作成

これに対し、第3次AIブームの主役となった現在のAIは、膨大なデータを学習し、その中に潜んでいる見えにくい傾向や正しい判断基準を自律的に見つけ出すことができます。動作原理が根本的に変わったのです。

たとえば写真に写っている動物が“犬”なのか“猫”なのかを見分ける学習をしたとします。学習の過程では、動物の写真を見せながら「これは犬」「これは猫」といった具合に、人間が教師となって教え込みます。ただし、“犬”と“猫”を判断する方法や基準を、人間が教えるわけではありません。耳のとがり方や体つき、毛の模様などの特徴をパターン化して、人間が判断マニュアルを作成するわけではないので、人間が気づかないような視点からの高度な判断ができる可能性があります。このように機械が自律的に学習する技術のことを「機械学習」と呼んでいます。

技術の進歩で、人間を超える判断力を獲得

機械学習自体は古くからある手法なのですが、学習させる対象を脳の神経細胞(ニューロン)の働きを再現した電子回路「ニューラルネットワーク」にしたことで、一気に汎用性が増しました(図2)。さらに、ニューラルネットワークの規模を大きくして、より複雑な問題を高精度に解けるように改良した「ディープラーニング(深層学習)」と呼ぶ技術が登場しました。

図2 ニューラルネットワークとディープラーニング / 出典:筆者が作成

ディープラーニングの登場で、判断システムとしてのAIは、ついに未踏の領域に入りました。2015年、画像認識の競技会において、AIが人間の認識率を超えたのです。これ以降、ディープラーニングに基づくAIは、さまざまな分野で、人間を超える判断力を発揮するようになりました。

たとえば現在、数多くの自動車メーカーが自動運転車を開発していますが、走行環境にあるモノ、歩行者、車両を正確に判別する技術としてディープラーニングが使われます。その結果、人間の運転よりも判断が正確になり、交通事故の件数は確実に減少すると言われています。また、機械翻訳の精度もディープラーニングの活用によって飛躍的に高まり、今では翻訳会社もAIを有効活用しないと生き残れない時代になりつつあります。近い将来、仕事や生活をする程度の会話は、機械翻訳や通訳だけで十分になる時代が確実にやってくると思います。

膨大なデータから判断基準を学ぶ現在のAIの学習過程は、仕事を通じて勘と知恵を養う職人の学習法に類似しています。実際、AIが得意な仕事と、職人やベテランの専門家が得意とする仕事を比較すると、極めて似ています。さらにマニュアル化(文章化)できない「暗黙知」による高度な判断ができる点に強みがある点も似ています。ただし、AIには人より優れた、かつ人間では成し得ない特長が2つあります。一つは疲れず、年を取らないこと。もう一つは、複数のAI間で経験を共有しながら素早く学習できることです。つまり、衰えることなく、仕事の精度や効率をびっくりするようなスピードで高められるのです。

匠の技に頼っていた機械調整をAIが実施

では、製造業や移送・搬送の分野で、従来職場のベテランが行っていた仕事をAIが代替したことで成果を上げた例を2つほど紹介したいと思います。

一つは、タイヤメーカーである株式会社ブリヂストンの例です。自動車のタイヤは、回転している器具に、ゴムを巻き付けながら圧力を加え、ドーナツ型に成型して作っています。簡単な作業のように感じるかもしれませんが、実際には、難易度が高い作業です。タイヤの原料であるゴムは、気温の違いによって伸びやすさが変化します。そのため、回転速度や圧力をゴムの状態に合わせて微妙に調整しないと、高品質なタイヤを安定生産できないのです。しかも、最近のタイヤは、使う材料も、構造も高度なため、生産の難易度は極度に高まっています。このため、微調整は長年の経験を積んだ匠の技を持つ作業員の勘と技能に頼らざるを得ませんでした。

そこで同社は、数百個のセンサーを成型機に備え付け、成型中のゴムの状態を示すデータを収集。AIを使ってリアルタイムで最適な調整法を見つけ出し、回転速度と圧力を調整するシステムを開発し、現場に投入しました。同様の高度な調整は、これまでのコンピュータではできなかったといいます。その結果、生産性は従来の2倍に高めながら、スキルレス化を推し進めて経験や勘を行かした作業をを1/3に減らすことができたそうです。しかも、タイヤの品質も向上したというから驚きです。

この例と同様に、特定のベテラン作業員にしか操れない装置は、どこの工場にもあるものです。AIは、こうしたベテランの勘と技能をコピーし、さらに改善することもできます。海外の生産拠点では、日本の工場にいるような高度な技能者の雇い入れが困難なところが多いことでしょう。特に、そうした場面でAIの活用が効果を発揮します。

作業の進展の先を読んで、先回りして搬送

もう一つは、世界一のネット通販企業であるAmazon.com,inc.(以下アマゾン)の倉庫での搬送の例です。通常、ネット通販の事業者では、作業員が商品を整理した棚を回って注文品を取り出し、箱詰めして配送しています。ただし、アマゾンほどの大企業になると、数億種類にも達する商品を扱っています。もちろん、1カ所の倉庫でその全てを在庫しているわけではありませんが、倉庫に置く商品の種類は膨大であり、倉庫自体も巨大になります。いちいち作業員が棚を回っていたのでは、非効率この上ない状況になります。

そこでアマゾンは、商品を取り出す作業員は動かず、注文品が入った棚自体を搬送ロボットが動かすという方法で、人手作業を減らしています(図3)。棚の下に搬送用ロボットを潜り込ませ、棚全体を持ち上げて移動させるのです。搬送のルートや棚を置く位置は、AIを活用した非常に高度な判断によって決めています。人気商品をなるべく作業員の近くに配置するなどして、搬送時間を短縮しているのです。季節や曜日、時間によって売れる商品は大きく変わります。AIは、実際に注文が入る前に、さまざまな要因を勘案して人気になりそうな商品を予測して、あらかじめ作業員の近くに配置しておきます。プロ野球では、野手の守備位置を打者ごとの打球が飛ぶ傾向に合わせて大胆に変え、高確率で討ち取る「○○シフト」と呼ぶ戦術があります。アマゾンの倉庫では同じような搬送戦術を実践しているのです。

図3 アマゾン社の倉庫で利用されているものと同型の搬送ロボットのイラスト / 出典:AdobeStock

高度な作業とは何か、人間がやるべき仕事とは何か

 アマゾンの事例には、AIの活用先を考えるうえでの重要な示唆が含まれています。商品の箱詰めは人間が行っています。これは、AIで動くロボットを使っても、効率よく、きれいに箱詰めできないからです。一方、人気商品の予測と需要を先取りした搬送はAIが行っています。ここでひとつ疑問が湧きます。一般的に考えて、どちらが高度な仕事だと思いますか。おそらく、「AIが行っている仕事」と答える人がほとんどでしょう。

つまり、AIに適性がある仕事は、匠の技やベテランの知恵が必要だった、非常に高度な仕事だということです。AIを活用する時代においては、必ずしも単純作業から機械化が進むわけではありません。人間の勝手な価値観で、AIの適用先を考えると失敗します。

アマゾンが使っているようなAIで動く搬送ロボットは、日本の製造業でも広く活用されるようになりました。トヨタ自動車株式会社やオムロン株式会社など多くの企業が、実際に工場で活用しています。たとえば、需要の変動に合わせて生産品目を頻繁に変えるような多品種変量ラインでは、生産品を変える段組換えの作業時間を最小化するために、AIで予測して最適な部品や治具を先回りして搬送しています。これも、ベテラン社員の経験が生きていた場面ですが、AIを活用した方が効率的で効果的であることが、データで実証されています。

次回は、製造業や移送・搬送の分野で、AIを効果的に使うための視点と、現在のAIが抱えている問題点をお話ししたいと思います。

まとめ

高度に進化した現在のAIですが、その得意分野は、「長年の経験の中で培った勘と知恵に基づく専門的な判断」であるということがわかってきました。この特性をいち早く見極め、AIが得意な仕事を正しく判断し、最適な活用法を見出すことが、企業におけるAI化の近道と言えるでしょう。

2019年9月公開

PROFILE
伊藤 元昭氏
株式会社 エンライト 代表
技術者として3年間の半導体開発、日経マイクロデバイスや日経エレクトロニクス、日経BP半導体リサーチなどの記者・デスク・編集長として12年間のジャーナリスト活動、コンサルタントとして6年間のメーカー事業支援活動などを経て、2014年に独立して株式会社 エンライトを設立。

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