技術コラムIoT・AIIoT・AIで変わる
「送る&運ぶ」

さまざまな産業において始まりつつある、IoT化、AI(人工知能)活用。
移送・搬送の現場への影響や技術トレンドについて、電子・機械系雑誌のジャーナリストであるエンライト代表:伊藤元昭氏がわかりやすく解説します。

第7回 ものづくりのDXで、現場の仕事はどう変わるのか?①

ビジネス系の雑誌や経済ニュースの中で、「デジタルトランスフォーメーション(DX)」という言葉をよく聞くようになりました。最近では、製造業やエネルギー、インフラ、交通・物流といった産業分野の多くの企業でも、積極的にDXに取り組み始めています(図1)

図1 産業分野でのデジタルトランスフォーメーションへの取り組みが活発化してきた
出典 Adobe Stock / metamorworks

単なるデジタル化とDXの違いとは

このDXという言葉。デジタルに、変形や変化を意味するトランスフォーメーションを合わせた新しい造語なのですが、そもそも何をデジタルで変える取り組みのことを指すのでしょうか。カタカナ言葉の分かりにくさも相まって、正確に理解している人は意外と少ないように思えます。「IoT(Internet of Things)や人工知能(AI)など流行りのITを使って、作業をデジタル化することではないか」と漠然と考えている人がほとんどではないでしょう。

こうした認識は、まったく外れているわけではありません。しかし、DXとは、これまで人間が行ってきた仕事をそのままデジタルツールの導入によって機械化することではありません。確かに仕事を機械化することで、作業の効率化や、人手不足を補うことができます。しかし、これだけでは仕事自体の進め方や価値は変わらず、DXとは呼ばないのです。

DXとは、デジタルツールの活用を前提にして、ビジネスの価値や仕事の進め方を再定義する取り組みを指します(図2)。経営者や現場で働く人の意識改革、さらには仕事の進め方を刷新することで、ビジネス価値や作業効率の最大化を図ることこそがDXの目的なのです。

図2 デジタル化を前提とした、新しい製造業のあり方を模索
出典 Adobe Stock / Ico Maker

産業革命から学ぶDXの意義と重要性

新しいツールの潜在能力を引き出すためには、使い手側も変わらなければなりません。単なる仕事のデジタル化とは、既存の仕事をそのまま機械で代替すること。DXとは、機械の能力を活用して、人や企業の仕事の内容を最適化すること。こう考えれば両者の違いが分かりやすいと思います。では、なぜいま世界中の企業、特に製造業がDXに取り組んでいるのでしょうか。18世紀中頃から19世紀初頭にイギリスで起きた産業革命を振り返ると、その理由が分かってきます。

産業革命以前のイギリスの主要産業だった織物工業は、問屋制家内工業と呼ばれる仕組みで産業が成り立っていました。各家庭が問屋から紡績や織布の作業を請け負い、人手で製品を作る仕組みです。生産量は、従事する人の数とその技能で決まると言えます。そこに、布を織る際の作業効率を飛躍的に向上させる発明が相次いで生まれ、同時に蒸気機関など新しい動力源も出てきました。こうした新しい技術を上手に活用すれば、機械の進歩によって生産性は向上し、より多くの製品を生産し、産業規模を拡大させる可能性が出てきます。

ただし、問屋制家内工業の仕組みをそのまま維持したのでは、こうした目論見は絵に描いた餅になってしまいます。各家庭で高価な機織り機や蒸気機関など導入できないからです。つまり、いかに優れた発明でも、その特徴に併せて産業構造を変えない限り、革命と呼べるほどのインパクトは生じないということです。

図3 19世紀のイギリスの織物産業の様子
出典 Adobe Stock / Erica Guilane-Nachez

では、産業革命はなぜ成就したのでしょうか。新たな発明の潜在能力を引き出すため、問屋が大資本を投下して蒸気機関で動く自動紡績機や自動織機を並べた工場を建設し、そこで大量生産できる環境を整えました(図3)。つまり、単なる仕事の分配者であった問屋が、大資本を背景にした織物メーカーへとビジネスモデルを変えたからこそ、産業革命は成功したのです。

新しいツールの潜在能力を引き出すためには、使い手側も変わらなければならない。この産業革命から得られる教訓は、そのまま現在のデジタル化の取り組みについても当てはまります。

属人的スキルや知見に頼りがちな日本の製造業

ところが近年の日本企業は、DXはおろか、その前段階である単なる仕事のデジタル化にも積極的とは言えませんでした。本連載の第2回「IoTは、日本のものづくり企業こそ活用すべき」の中で、日本の1990年代以降の情報化投資の伸びは、世界の潮流に背を向けるように低調であり、それがそのまま国内総生産(GDP)の停滞につながっていることを紹介しました(図4)。

図4 日米のICT投資額の推移
出典:総務省「情報通信白書 平成30年度版」

そして、日本経済が足踏みをして「失われた20年間」などと呼ばれている間に、中国は最新の情報システムや機械を導入して世界の工場となり、米国はあらゆる産業に多大な影響力を及ぼす力を持つGAFAのような巨大IT企業を生み出しました。両国とも日本とは比べ物にならないほどの経済成長を遂げています。

その間、ものづくり企業を含む日本企業は、なぜ情報化投資に積極的ではなかったのでしょうか。理由を端的に言えば、日本で働く人たち個人の能力と見識、属人的な技能が高く、その力を信じすぎたからと言えるのではないでしょう。

例えば、新しいコンセプトのファクトリーオートメーション(FA)システムを展示会などで見学して、「大仰なシステムを使っている割に、たいしたことはできないな」とガッカリした経験がある人は多いと思います。こうした感想が出る背景には、多くの場合、手作業で作る製品の方が高品質、目視検査した方が高精度、現場作業員同士で連携した方が円滑になる日本のものづくり現場が思い浮かんでいます。巨額の設備投資の掛かるFAを導入するより、現場の作業員の力を有効活用した方が、よほど効果的で効率的と考えてしまうのです。

だからといって、FAの導入に二の足を踏めば、ものづくりでの日本の強みをますます損ねてしまう可能性があります。なぜならば、デジタル技術の一種であるFAは指数関数的なペースで進化し、それをいち早く使い始めた企業にはその潜在能力を引き出す利用技術やノウハウが蓄積されていくからです。失われた20年間は、優れた日本の現場力の刷新に躊躇していた20年間だと言えるかもしれません。ただし、少子高齢化社会の到来を目前にした現在になって、属人的な能力と見識、技能に頼るものづくりの体制を、いよいよ見直さざるを得なくなってきています。

都市封鎖の武漢市で半導体工場だけが正常稼働

2020年に入り、新型コロナウイルス感染症のパンデミックが発生し、世界中の人々の生活と仕事のあり方が一変しました。会社のオフィスには行かずに、リモートワークで働いている人も多いと思います。こうしたリモートワーク、言い換えれば仕事のDXは、製造業の分野にも広がっています。

コロナ禍での製造業のDXの効果を端的に示す例があります。中国武漢市では、新型コロナウイルス流行のピーク時には厳格な都市封鎖によって、経済活動がストップしました。しかし、あまり知られていないことですが、実は同市にある半導体メモリー工場はストップせずに動いていました。

これには二つの理由があります。一つは、半導体は戦略物資と判断した中国政府が、事業継続を認めたこと。もう一つは、半導体の製造工程ではDXが進んでおり、最小限の人員でラインを正常稼働できる体制が整っていたからです(図5)。クリーン度の高い環境で生産される半導体は、ともすれば汚染源になりかねない作業員を現場に入れなくても、リモート環境でラインを管理・制御できるようにしていたのです。これが、コロナ禍では功を奏しました。

図5 半導体工場では、DXが進んでいる
出典 東芝のプレスリリース

コロナ禍で加速する日本のDX

コロナ禍の中で、世界に誇る日本の機械産業も岐路に立たされています。

ものづくりの体制をいよいよ見直さざるを得なくなってきた、これから日本の製造業では、DXへの取り組みが急加速していくことでしょう。日本の機械メーカーの中には、海外顧客に製品を提供する際に現地へエンジニアが同行し、確実に動く状態にして納入する手厚い技術サポートを強みにしている企業が少なくありません。これまでは、こうしたサポート体制が顧客にも喜ばれていましたが、コロナ禍で「現場に来てほしくない」と言われるようになってしまったのです。

一方、海外メーカーの製品には、元々、現場での各種設定やトラブル対処にリモートで対処することを前提とした仕掛けをあらかじめ組み込まれているものがありました(図6)。従来のようにエンジニアが直接訪問することなく、顧客が技術サポートを受けることができるこのシステムはまさにDXです。それが現状のコロナ禍で大いに活用され、非常事態に強い海外メーカーの評価が高まっています。

これに対し、日本の機械メーカーの対応も迅速で、オンライン会議システムを活用して現地に納めた製品を確認する「リモート立ち会い」を始める企業も出てきています。

図6 リモートでのサポートが重要になってきた
出典 Adobe Stock / snapfoto105

失われた20年間を取り戻すため、少子高齢化に対応するため、そしてコロナ禍で変化した価値観に対処するため、これから日本の製造業ではDXへの取り組みが急加速していくことでしょう。しかし、海外に比べて取り組みが遅れたことを悲観する必要はありません。これまで培った属人的な能力、知見は、効果的なDXを実践する上で確実に力になるからです。また、DXが進んでいないことは、逆に言えばDXによる伸びしろが大きいことを意味します。次回は、効果的なDXを実践していくためのシナリオと手法について解説したいと思います。

まとめ

DXとは、単に既存の仕事をデジタル化するということではなく、機械の能力を活用して、人や企業の仕事の内容を最適化することです。DXを実現するためには、かつてイギリスで起きた産業革命のように、使い手側が変わり、積極的に取り入れる必要があります。

2020年10月公開

PROFILE
伊藤 元昭氏
株式会社 エンライト 代表
技術者として3年間の半導体開発、日経マイクロデバイスや日経エレクトロニクス、日経BP半導体リサーチなどの記者・デスク・編集長として12年間のジャーナリスト活動、コンサルタントとして6年間のメーカー事業支援活動などを経て、2014年に独立して株式会社 エンライトを設立。

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